氏子蕪村が参拝した淀川神社-与謝蕪村ゆかりの地、大阪市、毛馬町、淀川神社(蕪村神社)


歴 史


「淀川神社」の歴史

宮司  横路 良

はじめに…


この度、与謝蕪村生誕300年祭という大きな節目に携われる喜びと、
日本を代表する偉大なる俳人の氏神として、
深くかかわりのあるこの淀川神社が、
NPO法人近畿フォーラム21の皆様方とご一緒に開催でき感謝の念で絶えません。


さて与謝蕪村の氏神、淀川神社の御由緒について少し触れたいと思います。

当社の創建年代は詳細不詳ですが、
口伝等によれば平安朝の初期或いはその以前より創建と察せられます。
旧摂津国東成郡友淵村字上外島鎮座(現在の毛馬町1丁目)、
平安時代初期には友淵の地名が存在し、
当時淀川河口の海賊を取締るための武士が配備され、
それらの武士により全国の名だたる神々を守護神として祀り、
その名も十五神社と呼ばれてました。


また旧摂津国東成郡毛馬村(現在の毛馬町4丁目)には八幡神社が鎮座、
十五神社と同年代に奉祀せられたものと思われます。

与謝蕪村生誕地の近くにはこの二社が御鎮座し、
神社祭礼など蕪村が幼少の頃より慣れ親しんだと思われ、
村人たちの心の拠りどころであり、
祭りは何よりの楽しみでありました。
こういった環境の中、蕪村の感性が研ぎ澄まされたのではないでしょうか。


淀川神社の御祭神は天照坐皇大御神・八幡大神・住吉大神・加茂大神・
松尾大神・熊野大神・稲荷大神・三十川大神・春日大神・白山大神・
大原野大神・子守大神・布留大神・生野大神の以上十五神で、
全国の名だたる神々をお祀りしています。


残念なことに、永く地域の総鎮守として親しまれていましたが、
明治43年に政府の命令により、
十五神社は旭区の大宮神社、
八幡神社は都島区の桜宮神社に合祀されてしまいました。
社殿はそのままで御神体のみ合祀となった十五神社と、
社地社殿等一切を合祀した八幡神社。
以来、心の拠りどころをなくした村人たち。
八幡神社はなくなり、社殿のみ残った十五神社に村人たちは
「村に社があって御神霊なし」と心淋しく自慰してきました。


しかし、村の有志等が起ち上がり、
熱心なご尽力により昭和28年10月22日、
十五神社の社殿に念願の遷座祭を御斎行申し上げ、
毛馬町・大東町・友淵町の総鎮守として今に至ります。


時の流れに翻弄されながらも今もなお受け継がれ、
先人たちが残したこの大切な神社と蕪村の御遺徳や俳句と共に、
広く全国や世界各国の人々に知っていただきたいと思う所存でございます。


<末尾ながら、
「淀川神社」が、これから「蕪村神社」としても全国や世界から呼称され、
参拝して頂きますようお祈り致します。
池尻一寛拝>



淀川神社 | 大阪市都島区毛馬町1丁目2-11 TEL.06-6921-5980

Copyright(C) 2014 蕪村顕彰俳句大学 All Rights Reserved.